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インド仏跡巡礼5


ウルヴェーラーの林とはどこか。ゴータマのいた苦行林である。地図上ではまったく記されていないところなので、ゴータマの足跡を辿る今回の旅ではどうしても知りたいところだった。ゴータマがどこで、どのくらいの距離のところを、どうような風景を眺めながら歩んでいたのか。
ウルヴェーラーとは「砂の多いところ」という意味で、当時の修行者が集うところでもあった。
ゴータマは6年(乃至7年)ウルヴェーラーの林にて五比丘とともに苦行する。苦行を離れて尼連禅河で沐浴し、スジャータから乳粥の供養を受け、(前正覚山に赴き)、菩提樹にて成道する、というのがさとりをひらくまでの大まかな流れである。
尼連禅河は現在のファルグ川であり、ブッダガヤー東を北方に流れている大河でヒンズー教と仏教において聖なる川とされている。9月10月以外はほとんど水は流れておらず、ウルヴェーラーの名前が表すように、砂地が広がる(砂地でホテルのシーツを広げて乾かす女性の姿もある)。スジャータが乳粥を供養した村やウルヴェーラーの林は、2本のファルグ川が合流するデルタ地帯にの先端部分にあり、ファルグ川に囲まれている場所にあった。
距離で言うと全てが徒歩圏内で、スジャータの供養地から川までは400mほど。ウルヴェーラーと尼連禅河は隣接している。ウルヴェーラーとスジャータの村までは1.5km、スジャータの供養地から菩提樹までは尼連禅河を渡って2km。要するに半径1kmほどの話であったことがわかる。
ただ、ウルヴェーラーと呼ばれた地域がどのくらいの広さであったかはわからないので、実際のところはわからないが、一つの町の出来事であることが実感された。
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ゴータマが菩提樹で成道する前に山に登り修行したという話を日本では聞いたことがなく、この旅で初めて前正覚山を知った。
ウルヴェーラーは平地であって山岳地帯でないので、日本に伝わる「釈尊出山図」は前正覚山のエピソードによるものと考えられる。しかし、「釈尊出山図」は山での苦行を終えて後に尼連禅河で沐浴して乳粥を供養されたことになっているが、前正覚山のエピソードでは沐浴して乳粥を供養された後に山に籠ったと伝えられている。
重要なのは菩提樹で坐禅をして成道したことである。
その後のゴータマの教えを説く順番が興味深い。
ヴァーラナシー(ベナレス)近郊のサールナート(鹿野園)にて、苦行を共にした五比丘に教えを説き、ヤサを初めとした富裕層を含む在家信者に教えを説き、さらにブッダガヤーに戻ってカッサパ三兄弟(ウルヴェーラー・カッサパ、ナディー・カッサパ、ガヤー・カッサパ)の有力なバラモン僧の教団を取り込み、王舎城のビンビサーラ王に教えを説き信頼を得ていく。
まず自分の教えを理解できそうな人から教えを説き始め、次に町から信頼されている名士、有力者を味方につける。今で言えば、スティーブ・ジョブズが仏教に帰依してその周囲にも影響が広がっていくのに似ている。社会的にアヤシイものではないと認知される。さらに、同業他社との違いを明確にしつつ、吸収合併して、最高権力者の信頼を得て国単位のスポンサーを獲得していく。
教えそのものの素晴らしさとともに、ゴータマの戦略性もまた感じる。

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