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麻三斤

とあるおばあちゃんのお家の仏壇の上にある。
佐藤泰舜禅師(永平寺74世)揮毫のもので、
有名な公案の一節だから、なかなかお寺以外で見るものではないと、見るたびにいつも感心する。

「仏とは何か」
の問いに対して
「麻糸、三斤」
と答えた中国の禅僧がいた。

1,100年も昔のことだ。

斤はおよそ600gの重さというから三斤は1,800gほど。
お袈裟(けさ)を一肩作るのに十分な麻の量といわれている。

仏とは何かと問われると、
経験を積み知識を貯めた頭だと理屈っぽくなり、
言葉を重ねるほど現実世界からどんどん遠くなる。
最後には、キラキラしたホトケというどこにもない抽象的なものを作り上げてしまう。

ブッダの教えを実践するものとして、他の宗教の修行者と区別するために、お釈迦さまはお袈裟(けさ)を考案された。つまり、お袈裟は仏教徒のシンボルでもある。

だからこの麻三斤のやりとりで、キラキラした仏のイメージを手放しにして、仏とは袈裟に同じ、と言い換えるのは鮮やかだ。

そしてさらに、今度はそのお袈裟自体をまたキラキラした特別なものとして扱おうとするから、仏とはお袈裟、とは言わずに淡白に素材と量に言い換える。

しかし、麻三斤というとまた、三斤という重さが現代日本人の肌感覚ではわからないから、また特別な感じがして、現代では茶室などで重宝されるのかもしれない。

そうなると「麻2kg」くらいに幻想を削ぎ落とした表現の方が原義に近いのではないかとも思う。

仏とは何かと日常的に誰かに聞かれることはまずないと思いますが、目の前に広がる風景を前情報なくそのままに、生々しく感受するところが大切ともこの言葉から受け取ることもできる。

言葉になり得ないものを名づけ、名づけることで安心してしまうとそれ以上先に進めない。ま、これでいっか、てなってしまう。だから常に更新してアップデートし続ける。

そのようなみずみずしい感性で目の前を風景に親しんでいく、
人でありたいといつも思ってはいるのですが。。

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